水利権の支配:イスラエル対パレスチナ戦争の見過ごされた一面

水利権の支配:イスラエル対パレスチナ戦争の見過ごされた一面

イスラエル−パレスチナの環境戦争

中東についての報道で、日本のマスメディアは、アメリカや西欧のメディアよりは少しはバランスがとれている。また、日本によく見られるユダヤ文化についての妄想にも関わらず、パレスチナの声も届くし、イスラエルの政治についても、理性的に、また正直に報告されている。

しかしながら、この戦争の1つの側面については、日本でほとんど報告されていない。それは水の支配をめぐる戦いである。イスラエル政府にとって、アラファトのパレスチナ暫定自治政府にとって、また、隣国のヨルダン政府にとっても、水へのアクセスはとても重要な問題なのだ。

1967年の戦争で、イスラエルはヨルダン川西岸(ヨルダンの領域)およびゴラン高原(シリアから奪い取った)を征服し、地域の川および地下帯水層 の対する支配をとてつもなく拡張した。イスラエルは、その後のヨルダンまたはパレスチナとの交渉においても、水についての支配を緩めることはなかった。イ スラエルは水へのアクセスの政治的支配を利用し、占領したヨルダン川西岸とガザ地区でとてつもなく不公平な環境問題を発生させたのだ。

恐ろしく不平等な水へのアクセスと、水資源に対するイスラエルの不法な搾取が、パレスチナ人の苦しみを生み、深い憎悪につながったことは、驚くにはあたらない。

1967年にイスラエルによって奪われたヨルダン川西岸とガザ地区から構成されるパレスチナ人の地域の降雨量を見てみよう。年平均でパレスチナ地域 中部では約400mm、また、南部で約275mmと一般的に降雨量の低い地域である。アメリカのアリゾナと同じほど、乾燥した地域といえる。(京都の年平 均降雨量は1580mm)

もちろん、この降雨量のほとんどは蒸発して失われるが、いくらかはこの地域の主要な河川系、特にヨルダン川とヤルムック川に流れ込む。イスラエルの 最も重要な地下水はティベリア湖にたくわえられる。しかし、その湖の主要な集水地の1つはゴラン高原であり、イスラエルは1967年にシリアからここを奪 い取っている。ほとんどの雨は3つの大きな地下帯水層へしみ込む。北東の帯水層、東の帯水層、西の帯水層である。

メディアが水利用においてのパレスチナとイスラエル間の戦いを、おおよそ無視したという事実は驚くべきことである。というのも、このことについて は、多くの専門家による研究があるからだ。イスラエルの、またパレスチナの研究があるだけでなく、国連による詳しい研究、また、個人の研究家、それに水の 技術専門家による研究もある。たとえ政治的な結論が変わっても、それぞれの研究の中味はあまり違わない。つまり、事実は単純であり、真剣に反論するなど誰 もいないのだ。

イスラエルの研究
Jad Isaac, A Sober Approach to the Water Crisis in the Middle East, Applied Research Institute, Jerusalem
イスラエルとパレスチナの研究
Sharif Elmusa,Negotating Water(リンク消失:http://www.ipsjps.org/html/water3.htm): Israel and the Palestinians, Institute for Palestine Studies, Washington, 1996
国連の研究
Water Resources of the Occupied Palestinian Territory(リンク消失:http://www.un.org/Depts/dpa/qpal/dpr/DPR_water.htm), United Nations, New York, 1992
その他の研究

短く言えば、産業先進国であるイスラエルは発展途上国である隣国より多くの水を使用する。輸出志向のイスラエルの農業は、灌漑用水に極度に依存して いる。イスラエルは、入植者に水を提供するためにヨルダン川西岸を不法に軍事占有している。イスラエル政府のパレスチナ人地域における水道設備投資額はき わめて小さい。パレスチナの農場水設備−井戸および灌漑用水路−は、イスラエルの軍隊がヨルダン川西岸侵攻の際、イスラエルの兵士によって繰り返し破壊さ れた。パレスチナ人の町および農場では、法律によって、十分な深さで井戸を掘ることを規制され、下水からの病気伝染の危険を回避できない(→エイヤル・ワ イツマンのページ(リンク消失:http: //www.opendemocracy.net/dynamics/dynamic_website_document.asp?DocID=1279& Action=DisplayPage))。対照的に、イスラエルの入植者は、帯水層の安全で水の豊富な、より深いところへ井戸を掘ること許可されてい る。

  • 1967年のヨルダン川西岸侵攻後につづき、
    • イスラエルの政府当局は西岸地区の井戸の多くを閉鎖した。新しい井戸を掘る許可はめったに与えられず、深さ制限に従がわなければならなくなった。
    • イスラエルはヨルダンとの合意に反してヨルダン川から水を流用しはじめた。
    • イスラエルのレバノン南部侵攻は、リッタニ(Littani)川およびハスバニ(Hasbani)川上流の水資源を支配することが一つの目的だった。
  • ヨルダン川西岸地域に侵攻したイスラエル政府は、多くの新しい入植地の建設を促進した。それらの多くはエルサレムのベッドタウンとして機能するも のだ。これに加え、農業の入植地もある。1980年代でさえ、国連の研究によれば、イスラエルの入植者による一人当たりの水使用量はパレスチナ人の8倍に のぼる。

国連:パレスチナ占領地域及びイスラエルの年間水消費量

西岸 ガザ地区 イスラエル
パレスチナ人 入植者 パレスチナ人 入植者
年間の水総消費量(単位:100万立方m) 125 45 103 6 1770
灌漑 95 80 1320
家庭用 27 20 325
産業用 3 2 125
一人当たり年間の水消費量(単位:立方m) 139 1143 172 2326 411
灌漑 106 133 307
家庭用 30 85 35 85 75
産業用 3 3 29

注:国連: Water Resources of the Occupied Palestinian Territory(リンク消失:http://www.un.org/Depts/dpa/qpal/dpr/DPR_water.htm), UNITED NATIONS、New York, 1992

  • したがって、山の帯水層──その多くはヨルダン川西岸の下に位置する──への圧力は増加している。このことが意味するのは、イスラエルのナショナ リストにとって、パレスチナ人にヨルダン川西岸を返還すれば、水供給が制限され、イスラエルの存続に脅威となる可能性が高まることである。

イスラエル人の建築家で人権活動家のエイヤル・ワイツマンは最近重要な研究を発表したが、「垂直性の政治」と彼が描写するパレスチナとイスラエルにおける政治についてである。

  • link to Weizmann, Episode 5: From Water to Shit.
    (リンク消失:http://www.opendemocracy.net/forum/document_details.asp?CatID=127&DocID=1253)

イスラエルによるヨルダン川西岸支配作戦を地域の外の多くの人が見すごしているとワイツマンは論じている。イスラエルが、西岸の入植地とそこへつな がる高速道路の支配を強く要求して、西岸地域を垂直に切り取ったことを多くの地図が示している。のみならず、イスラエルはさらに、西岸地区を水平に分割し てしまったと、ワイツマンは論じている。これでイスラエルの長期にわたる西岸支配がよりいっそう確実になり、ほとんどの人が考えているより圧政的なものに なる。そうワイツマンは主張している。

ワイツマンのフォト・エッセイには,驚くべき実例が数多く写しだされている。谷間にある従来からのパレスチナ人の町を見下ろす,丘の上につくられた イスラエル人入植者の住居地。コンクリートのトンネルや橋が,パレスチナ人の土地の上を,またその地下を,複雑に走るのは,あちこちに点在するイスラエル 人入植者の住居地を結ぶためであり,ますます怪奇な様相を呈しつつある。

しかし,ワイツマンの写しだす,この「垂直性の政治」の最もすさまじい例は,文字通り「垂直性」のものだ。西岸地区では,パレスチナ人の井戸を掘る 権利が制限されているだけではない。なんと,より深い,きれいな水へのアクセスは,イスラエル人のためにとっておかれているのだ。パレスチナ人は,浅い井 戸を掘ることしか許されていないので,汚染された水を飲む危険をおかすことになる。じつに,環境アパルトヘイトにほかならない。

参考記事:

  • 田中宇:「水は命」を思い知る中東の水戦争
  • エイヤル ワイツマン:The Politics of Verticality(リンク消失:http: //www.opendemocracy.net/forum/document_details.asp?CatID=127&DocID=1253& DebateID=238), Episode 5: From Water to Shit.
  • Sharif Elmusa, Negotating Water(リンク消失:http://www.ipsjps.org/html/water3.htm): Israel and the Palestinians, Institute for Palestine Studies, Washington, 1996
  • Jad Isaac, A Sober Approach to the Water Crisis in the Middle East, Applied Research Institute, Jerusalem
  • Jad Isaac, The Palestinian Water Crisis
  • Mostafa Dolatyar, Water Diplomacy in the Middle East, Newcastle University
  • 国連:Water Resources of the Occupied Palestinian Territory(リンク消失:http://www.un.org/Depts/dpa/qpal/dpr/DPR_water.htm), United Nations, New York, 1992
  • Samer Alatout, Water Balances in Palestine(リンク消失:http://www.idrc.ca/books/focus/907/chap04.html): Numbers and Political Culture in the Middle East, International Development Resource Centre, Canada.
  • Israel rebuked for razing Arab homes: The most widespread demolition, little reported because of its remoteness, has taken place south of Hebron, with more than 38 homes bulldozed and 10 wells filled in, a punitive action by the Israeli army for the murder of a Jewish settler last week.
  • The Demolishing of Palestinian Wells in the Gaza Strip(リンク消失:http://www.poica.org/casestudies/gaza-wells/): here’s another piece on the destruction of wells as punishment during the Intifada. This time in Gaza. More than 100 destroyed in 2001.