ワシントンでは何かが急激に変わろうとしている

ワシントンでは何かが急激に変わろうとしている

ブッシュ大統領が京都議定書を拒否したことは周知のとおりだが、この2、3ヶ月でブッシュ新政権はグローバル安全保障政策を再結成しようと様々なイ ニシャティブを発揮した。グローバルな環境政策枠組みや安全保障政策枠組みを再形成しようとする過激というべきイニシャティブである。

ポイント1:
ブッシュ大統領は合衆国に1972年の対弾道ミサイル条約(ABM条約)を放棄させミサイル防衛システムを導入しようとしている。もしこれが実現すれば、この40年間で最大で最も深刻な核兵器競争のエスカレーションを引き起こすだろう。
ポイント2:
ブッシュ政権は上院議会に「包括的核実験禁止条約(CTBT)」の批准を求めないことにした。条約発効の可能性を封じ込めようとするものだ。
ポイント3:
今日、戦闘での死傷者のほとんどは小型武器(ピストル、ライフルおよび携帯型の自動小銃)によるものだが、その小型武器を規制する国連の動きに反対することを表明した。

安全保障問題は環境について常に大きな意味を持っていることはいうまでもないが、この3つの攻撃的なイニシャティブは環境にとってきわめて明白な脅威になると考えられる。

大統領選挙では、ブッシュは共和党保守派の代表者であり、大企業が熱狂的に支持していることはよく知られていたので、ブッシュ政権の戦略や政策は企 業寄りなものになると予想された。しかし、これほどに攻撃的に、そしてまたシステマティックに展開することは夢想だにしなかった。

急進的な展開が予想されなかった三つの理由

この急進的な動きが予想されなかったことには次の三つの条件が考えられる。

一つには、大統領選挙にかろうじて勝ったことである。もちろん勝ちは勝ちなのだが、大統領就任後は、憲法の制度上、野党とある程度に和解を進めなければならないと予想された。

二つ目は、大統領になってわずか2ヶ月で、ブッシュの急進的なアプローチはバーモント州のジェフォード上院議員を共和国党から離党させることになり、その結果、ブッシュ政権は上院を支配できなくなった。

そして三つ目の理由は、そのようなイニシャティブをとれば、アメリカを同盟国であるEUと日本から孤立させ、また、中国とロシアの同盟条約を強くさせるだけだからである。

しかし、これらの条件にもかかわらず、ブッシュの急進的な政策展開の勢いをとどめることにはいたらなかった。なぜなのだろうか。

もちろん、各々の問題にはそれぞれの複雑な説明が可能だ。例えば、京都議定書からの離脱は明らかにブッシュを熱心に支持した化石燃料企業の利益を守 るためであり、議定書の基準を守ろうとするヨーロッパ企業に対し他の米国企業が経済競争上、優位に立てるようにするためである。

同じように、ミサイル防衛政策でも軍備制限政策の様々な側面についても、それぞれに複雑な説明が必要なのだが、そのどれにも共通したひとつの要素、非常に憂慮される要素を指摘したい。

グローバルコンセンサスをぶっ壊せ!

ブッシュ政権の基本的な目標は、安全保障政策や環境政策においても、グローバルレベルではアメリカが自由に国益を追求することに対し、制限を無くす ことにある。そのアプローチは一方的かつ直接的であり、各問題にかかわる政策アジェンダを再定義させるものだ。そして同盟国のみならず敵国にもアメリカの 要求を認めさせるのである。どの問題についてもブッシュ政権の考え方は同じだろう。

つまり、「問題:これまでの政権の政策はあまりに弱腰で、グローバルコンセンサスを優先させ、米国の本当の国益を犠牲にした。 解決:狭義のアメリカの国益を一方的に実現することによってコンセンサスを壊す、そして生じる混乱に対処するのはすべて他の国に責任を押し付ける。」

気候変動問題に対する政策には上のような態度が明らかに見てとれるが、グローバル安全保障では次の三つの重要な事例をみることにする。これらの例 は、ワシントンにおける軍事・外交分析のある種の流れが急速に優勢になることを示している。この流れは、軍備制限に強く敵対するものであり、世界のどの地 域においても、米軍干渉の制限を撤去し、ロシアや中国の軍事的弱点を利用するためにも、また、統一され独立したヨーロッパの台頭を阻止するためにも、迅速 な行動が必要だと主張している。この流れは、主にホワイトハウス・スタッフと国防省に集中しているが、国務省の様々な局でもこのような態度を持つ人々が政 策を支配することになるだろう。

ミサイル防衛

この問題は慎重に取り扱わなければならない。ブッシュ大統領は、10〜15年で米国が包括的な弾道ミサイル防衛(BMD)システムを構築するだろう と発表した。ヨーロッパと日本の同盟国は、このシステムの開発および配備を共同研究してくれるように依頼され、そしてより重要なことは莫大な予算の負担を 負わされることになる。

レーガン元大統領のスターウォーズの幻想を直接受け継いだ弾道ミサイル防衛(BMD)計画の概要は、米国本土を攻撃する敵国の弾道ミサイルを大気圏 外の宇宙で迎撃することである。ミサイル防衛は、アメリカはもとより世界中の人々に、核ミサイル攻撃の恐怖感をなくすことを約束するというのが、レーガン の幻想を引き継ぐブッシュのレトリックである。アメリカによれば、脅威は「ならず者国家(北朝鮮、イラン、イラク、リビアを含む)」だという建前だが、真 の対象は中国である。

実際のところ、効果的なBMDの技術はいまだ確立されていないし、また今後何十年も確立する可能性は低い。米国はレーガン時代から現在にいたるまで BMD開発のためにすでに600億ドルを費やしているが、実験は本当の意味で成功はしていない。そのうえ、システムの必要性やコスト、そして危険な結果に 疑いを持つ同盟国は米国から離れてしまった。しかし一番重要な問題は、BMDが開発・配置されれば、二つの避けられない結果が確実に現れることである。

アメリカはBMDを開発するために1972年の対弾道ミサイル条約 (ABM Treaty)から脱退する必要性を認めている。この条約は、米ソの両国がミサイル防衛システムを配置することを禁止するもので長い間有効に働いてきた。 両国は核ミサイル攻撃から自国の市民を守れない状態をみとめることにもなっていたのである。

もし弾道ミサイル防衛システムが導入されれば、両国は相手国を攻撃するために新しい攻撃的な兵器を作ることが必要になる。そうすれば、核兵器時代の 歪んだ論理に従って「ミサイル防衛」は核兵器がさらに拡散する可能性があった。その可能性を制限するためにこの条約はミサイル防衛システムを禁止したので ある。しかし、結局は相手国の攻撃を防ぐことができない状態をつくりだす。変な話ではあるが、この「防衛手段がない」ことを維持しようとする条約は、核時 代の平和の基礎になっていたのだ。

この条約の加盟国は現在の米国とロシアである。そして、中国は加盟国ではないが、条約に従っている。

中国は現在、24本の核弾道ミサイルを所有している。もしアメリカが効果的なミサイル防衛システムを持てば、結果的に中国の核抑止力は無力化される ことになる。その可能性を避けるために中国は必ず核ミサイルの開発に力を注ぐだろう。それは冷戦時代のような核軍備競争が確実に再生することを意味する。

CTBTの抹殺

1950年代から「包括的核実験禁止条約(CTBT)」を目指す交渉は気まぐれにではあったが行われていた。しかし、1996年に国連総会であらゆ る核実験(軍事利用も平和利用も含む)を禁止する条約案が提出された。これまで米国を含む150カ国以上が条約に調印した。しかし条約を発効するために は、核兵器保有を公には認めていないイスラエルを除く、核保有7カ国すべてが条約を批准しなればならない。クリントン政権は条約に調印したのだが、上院で はCTBTの批准を否決した。クリントンと違ってブッシュは上院にCTBTを批准させるつもりはなく、効果的にCTBTを葬ることにした。ブッシュ政権に よれば、アメリカが世界の核兵器技術でリードを維持するためには、新しい世代の核兵器を実験する権利を持たなければならない。ここには核拡散の圧力が確実 に進行するという結果を容易に見てとることができる。ホワイトハウスには、京都議定書を拒否した場合のように、長期間交渉されてきた条約はアメリカの国益 を守るものではないので、その条約を抹殺するほうが良いという主張がある。

国連の小型武器規制計画

7月10日ニューヨーク国連本部では世界の小型武器の供給を規制する会議が開かれた。核・化学・生物の大量破壊兵器の危険は明白だが、現在の戦争、 紛争、内戦では人を殺すための一番重要な武器はいわゆる小型武器である(ピストル、ライフル銃、機関銃など)。1990年以来、小型武器は400万人の人 々が死亡する原因になってきた。犠牲者の過半数は女性と子供である。国連によれば、5億の小型武器が世界中に存在している。

先の20年間、様々な政府やNGOが小型武器を規制するアプローチを展開してきた結果、国連で計画が検討され始めた。しかし、今月の国連会議で、米 国のボルトン国務次官(軍縮担当!)は米国が効果的な規制に反対することを明らかにした。米国は現在規制されていない軍事用の小型武器の取引を規制する提 案に強く反対すると、ボルトンは主張したのである。

国連の小型武器を規制するアプローチはささやかなものだが、今後、消滅してしまう可能性もおおいにある。米国が反対する理由は二つ。保守派のブッ シュ政権は、武器を所有する権利を守りたい右翼団体から影響を受けていること。しかし右翼だけではない。米国では、武器を所有する権利はいまや強迫観念に さえなっているのだ。

★このマガジンを配信したあとで、米国は生物兵器禁止条約の議定書も拒否する姿勢を見せた。

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