イスラムとケシとパイプライン──きたるべき戦争の背景──第2部

イスラムとケシとパイプライン──きたるべき戦争の背景──第2部

(この記事は10月4日に書かれ、2部に分けその第1部を10月6日に掲載した。今回は第2部を掲載する。アメリカ合衆国のアフガニスタンへの軍事 作戦は10月8日に開始されていて、その意味では、表題の「きたるべき」という言葉は適切でないでしょう。「はじまった」と読みかえていただければ幸いで す。──編集者)

最近のジェームス・ボンド映画「ワールド・イズ・ノット・イナフ」のプロデューサーが、ボンドの冒険をかつてソ連であった中央アジアの油田開発が急 増する地域に設定しているのは、地球規模でのきたるべき危機について多くの戦争計画者たちよりも鋭い眼をもっているかのようだ。悪者の一味によって我らが ヒーローは、アゼルバイジャンかトルクメニスタンらしきどこかで造られている石油パイプラインに閉じ込められ、死の危機に直面する。ボンドと美人の核エン ジニアーは、パイプラインの内部をたいへんなスピードで移動しながら自動的に溶接補修をするロボットに、挽肉にされそうになるのだ。映画の結末はいうまで もない──「ボンドがロボットを倒し、彼女をものにし、西洋文明を救う」

世界からテロリズムの脅威を払拭する必要があることは──ペンタゴンやワールド・トレード・センターへの攻撃があるずっと以前から──自明のこと だった。しかし、始まろうとしているアメリカのアフガニスタンにたいする戦争には、オサマ・ビン・ラディンを捕らえる、あるいは殺害すること(成功したと してもビン・ラディンの殉教以上の何かが得られる可能性は極めて小さい)に加え、アフガニスタンに安定した政府を置くための基盤づくりという目標がある。 20年以上にわたりソ連の進攻とその後の内戦に苦しんだアフガニスタンなので、安定した政府という考え自体よいことであり、そうなればよいと祈らずにはお れない。が、いったいアメリカがその目標を達成できるのか、またその戦争に政治の道具として曝されるアフガンの人々の生命や飢餓という犠牲はどれほどのも のになるのかは、まったく別の問題である。

そして、地域の政治を安定させようというアメリカの政策には、私欲がないとは言えない目的がある。中央アジア政治の鍵は、アゼルバイジャン、カザフ スタン、トルクメニスタン、ウズベキスタン、キルギスタンの経済開発にある。いずれも、元ソ連のなかで最も貧しい地域にあたる。また、その多くは陰うつな 専制的体制下にある。この10年間、アメリカはこれらの国々の政府にさかんに働きかけ、アメリカ企業のために利益になる投資ができるよう門戸を開かせてき た。

トルクメニスタン、ウズベキスタン、タジキスタン、カザフスタンは、カスピ海盆地の東側に位置する。その石油埋蔵量はサウジアラビアの埋蔵量にも匹 敵し、天然ガスの埋蔵量も世界有数とされている。貿易業界紙や、世界の石油産業のウエッブサイトのページには、カスピ海盆地の天然ガス資源や油田を描写す る「驚くべき」「巨大な」「途方もない」といった言葉が溢れている。そして、より重要なことだが、それらの言葉とともに「未開発」「地理的孤立」「政治的 不安定」という言葉が並ぶのである。何十億ドルがそこには眠っているが、度肝をぬくような利益を現実のものにする可能性は、決定的な一点にかかっている。 つまり、いかにしてその天然ガスや石油を市場にまで運ぶのか、である。中央アジアの国々は炭化水素の海に浮かんでいるが、実際の海からも産業の中心からも 遠くにある──そして、イスラムの中心深くにある。

過去、カスピ海地域の諸共和国は、産出した石油と天然ガスのほとんどを他のソ連邦各地へと運ぶパイプライン網へと輸出していた。ソ連の崩壊とともに 貿易条件は厳しくなり、1990年代には旧ソ連地域のバイヤーは世界水準の価格では買い付けることが、もはやできなかった。一方、パイプラインを所有して いた旧ソ連の国家石油会社ガズプロムは、自分の石油を売るのにもカスピ海沿岸の諸共和国と競いあうという状況だったのである。いずれにしても、カスピ海沿 岸の共和国には厳しい状況であった。1997年、支払問題をめぐって、ガスプロムはトルクメニスタンにパイプラインの使用を拒否し、その結果トルクメニス タンのGDPは25%の壊滅的減少をみることになる。旧ソ連のパイプライン網そのものも時代遅れの技術で杜撰に造られたもので、保証期限はとうに過ぎてお り、修理再建するだけでも数十億ドルが必要なのだ。

その後いくつかの小さなパイプラインが敷設されてはいるが、とても充分ではなく、もっと必要だと言う。しかし、すべて十億ドル単位のコストがかかる ことになり、カスピ海盆地からの可能なパイプライン・ルート──西、南、南東、東──はいずれも非常に深刻な政治的問題をかかえている。もしアフガニスタ ンの政治的不安定を終わらせることができれば、文字どおり数十億ドルが、アメリカや日本の企業に、トルクメニスタン、アフガニスタン、パキスタンの政府に もたらされる。そして、地域のヘゲモニーを求めるアメリカの計画の鍵となる要素のひとつが確保されるのだ。

北ルート:アゼルバイジャン、カザフスタンからロシア・ノボロシスクへ

黒海の港ノボロシスクにある巨大な石油ターミナルへと走るロシアの既存パイプラインは、まずアゼルバイジャンの新油田に、次にカザフスタンの新油田 につなげることが可能だ。この「北ルート」計画には、ロシアと他の国の企業からなるカスピ海パイプライン・コンソーシアムが参画しており、計画の前進を急 いでいるが、いくつかの深刻な障害にぶつかっている。第一は、このパイプラインの最初の部分が通過するチェチェンでの戦争である。第二は、ロシアがこの計 画を気に入っている理由、ロシアにとっては絶好であるというまさしくその理由ゆえに、アメリカがこの計画に反対していることである。第三は、黒海と地中海 をつなぐボスポラス海峡を通過するロシアの石油タンカー、天然ガスタンカーの通行量が増大することに、トルコが神経をとがらせていることである。長さ 27kmのこの海峡の船舶航行は、すでに石油だけでも1日当り170万バレルが通過する超過密状態にあるからだ。

西ルート:グルジア経由でトルコへ

今年の9月下旬、アゼルバイジャンとグルジアは、グルジアを横断する天然ガス・パイプラインの通過権について合意し、2004年にアゼルバイジャン からトルコへの輸出が開始される計画である。このトランス・カスピ海天然ガス・パイプラインには全体で約10億ドルかかるが、アゼルバイジャンの天然ガス がトルコ国内市場、あるいはさらにヨーロッパにまで運ばれることになる。これは、カスピ海地域から大西洋にいたるまで天然ガスパイプライン網を延ばそうと するヨーロッパ連合の計画の思惑に一致する。グルジアはいまだに政治的に不安定であるが、さらに重要なことには、カスピ海東岸に位置する国々──ウズベキ スタン、タジキスタン、トルクメニスタン、カザフスタン──には特に適切とはいえない計画である。カスピ海そのものに関わる事柄はどんなことでも、石油会 社にとって極度にデリケートなことと見なされている。というのは、ソ連の崩壊後に残された混乱のなかで、カスピ海そのものの統治について合意された法的枠 組がいっさい存在しないに等しいからである。アメリカは、この計画が速やかに実施されるよう強く圧力をかけてきた。実施されれば、真剣な投資資金の流れが 始まるはずだからでもあり、また現在アメリカが贔屓する地域の強国トルコを、かつてアメリカが贔屓したイランに対して、さらに強化することができるからで ある。

東ルート:中国

もうひとつの可能性は、東アジアと日本にとってかなりの重要性をもつものだが、トルクメニスタンから中国のウイグル自治区へのパイプラインであり、 さらに中国のパイプライン網に入って、東岸の産業地域へ──そして、おそらく日本へ──とつながることになるだろう。しかしながら、この計画の問題は、 7000km以上というとてつもない距離、しかも所によっては非常に険しい地形が含まれていることにある。三菱、エクソン、中国石油天然ガス集団公司 CNPCの調査によれば、建設コストは100億ドル以上と見積もられている。また、見方によっては小さな問題かもしれないが、中国西域の分離主義者には恰 好の攻撃しやすい標的をつくることになる。CNPCは最近、建設コストについて合意できず、東への石油パイプライン建設についてのカザフスタンとの協定を 放棄した。しかし中国は、カスピ海地域の炭化水素資源に真剣な関心をもっており、アラビア海へのパイプライン計画に関心を示していると報じられている。 スーパータンカーによって、海路で、天然ガスと石油を輸入するという路線である。

南ルート:イラン

トルクメニスタンは長い国境線でイランと隣接している。イランの産業のほとんどが立地するイラン北部へとつながる天然ガス・パイプラインがすでに存 在している。もちろん、イラン自体には非常に大きな天然ガスと石油の埋蔵資源があるが、これらはペルシャ湾に近いイランの南部にある。トルクメニスタン= イラン関係の拡大は、両国にとって利益をもたらすものであろう。さらに重要なことには、イラン北部へのパイプラインは、さらにトルコへの、またさらにヨー ロッパへの、あるいはインド洋へのルートの可能性を開くことになる。しかしながら、イランの繁栄はワシントンの歓迎することではない。「ならずもの国家」 という馬鹿げた考えはおいておくとして、イランに対するワシントンの心配事の核には、イランが自ずからもつペルシャ湾地域の支配勢力としての役割がある。 シャー(イラン国王)が権力の座にあったときは、アメリカはイランの支配力を賞賛していた。イラン革命が起こり、アメリカはイランの支配力を忌み嫌うよう になったのだ。フランス、日本、イタリア、中国、マレーシア、ロシアの企業が政治的に変わりつつあるイランに再び戻っていくにつれ、アメリカの石油会社、 建設会社は、イランに対する頑なな姿勢をやわらげるよう、とりわけ1996年の対イラン・リビア制裁法案を放棄するよう、ワシントンにせがみつづけてき た。しかし、サウジアラビアおよび他の保守的な湾岸諸国にあるアメリカの石油利権の安全を確実にコントロールできると確信できないうちは、ワシントンがカ スピ海盆地の天然ガスを運ぶイランの大パイプライン計画を支持することは、ほとんどありえないだろう。

南ルート:アフガニスタンからパキスタンへ

ガス輸出業者にとって、パイプラインの長さはコストの上昇を意味する。ウズベキスタンの石油とその広大な天然ガス資源を最短距離で安価に輸出するの は、アフガニスタンを経由するルートである。アメリカの企業による、石油および天然ガスパイプライン建設の真剣な計画が、以前から存在している。1997 年に、トルクメニスタン、ウズベキスタン、アフガニスタン、パキスタンは、大規模な中央アジア天然ガス(Central Asian Gas/セントガス)パイプラインを、山岳地のより少ないアフガニスタン南部を通ってパキスタンへ、そしておそらくは成長しつつあるインドの市場へとつな げるべく、建設することで合意した。中央アジア天然ガス・パイプライン・コンソーシアムは、ユノカル(Unocal、アメリカ、シェア47%)、デルタ石 油(サウジアラビア、シェア15%)、トルクメニスタン政府(シェア7%)、伊藤忠石油開発(日本、シェア6.5%)、インドネシア石油(INPEX/日 本、シェア6.5%)、ヒュンダイ・エンジニアリング・アンド・コンストラクション(韓国、シェア5%)、クレセント・グループ(パキスタン、シェア 3.5%)から構成されている。ユノカルが第一の開発企業であり、アメリカ政府が強力に肩入れしている。1997年12月、米国エネルギー省の高官たちは タリバンの閣僚たちとワシントンで会合し、このパイプライン計画を祝福承認したのである。

19億ドルのセントガス・パイプラインは、直径120cmで、アフガニスタン=トルクメニスタン国境から真南へ、そして東へと曲がり、だいたいヘ ラート−カンダハル道に沿って走り、クエッタでパキスタン国境を越え、ムーラットに至る1271kmに及ぶ予定である。トルクメニスタン政府は、ダウラタ バードの巨大な天然ガス原への短いパイプライン敷設に同意している。それによって年間200億立方メートルの天然ガスがパイプラインを流れることになり、 トルクメニスタン政府は、セントガスに7080億立方メートルを供給することを保証したのだ──これは、ダウラタバード天然ガス埋蔵量の全量に相当する。

セントガスがどれほど稼ぐことができるかは、多くの変動要因にかかっている。とりわけ、価格変動と東アジアおよび東南アジアの市場における天然ガス の需要変動である。しかし、いずれにしても巨大な利益をあげることは明らかである。トルクメニスタン、アフガニスタン、パキスタンの3国すべてにとって、 この計画はとてつもなく有益である。アフガニスタンにとっては、1979年のソ連進攻以来はじめての大きな海外からの投資である。パキスタンにとっては、 工業化の次ぎの段階へと進む鍵となるにちがいない。セントガス・コンソーシアムが通過権のためにいくら支払うことでタリバンと合意したかは不明である。 が、ユノカルには競争相手があり、トルクメニスタンからのパイプラインをアフガニスタン西部を経由してパキスタンのアラビア海沿岸へと敷設しようとしたそ の会社がタリバンに申し出た条件は、通過料に10億ドル、それに加えてかなりの額の鉄道敷設費、道路建設費、20kmごとの警察駐屯所建設費であったと報 じられている。パイプラインに沿って、タリバンの部隊が駐屯することになるはずだったのだろう。

トルクメニスタン政府が、ユノカルの競争相手であるアルゼンチンのバリダスではなくユノカル主導のセントガス・コンソーシアムを選ぶよう、アメリカ 政府は強い圧力をかけた。1997年、セントガスはパイプラインの契約を結ぶことができたが、敷設準備ができないうちに、1990年代中頃にはアメリカに とって有望と見えていたアフガニスタンの政治情勢が悪化してしまったのだ。内戦は続き、タリバンの文化的急進主義と女性への敵対が世界のメディアに爆発的 に伝わり、またアフガニスタンはテロリストの大きな基地となってしまった。1998年8月、アメリカはアフガニスタンにあるビン・ラディンの基地を攻撃 し、その4か月後ユノカルはセントガスから脱退した。政情不安、アメリカ本国政府からの圧力、株主と女性グループからの批判は、ユノカルにとってそれ以上 耐えられるものではなかったのだ。

トルクメニスタン、アフガニスタン、パキスタン政府は再三にわたりコンソーシアムを再出発させようと試みたが、アフガニスタンが内戦をかかえまたア メリカとの敵対状態にあって、魅惑的なセントガス・プロジェクトは延期された。見込まれる利益があまりにも膨大なので、昨年になってユノカルはプロジェク トに再度食い入ろうとしたと言われている。しかしユノカルは、アフガニスタンでの難問に加え、そのタイ=ビルマ・プロジェクトでもビルマ人強制労働の問題 からアメリカ国内で裁判に訴えられている。(うまくいけば、この裁判は、アメリカの企業が利潤追求の活動にかかわり外国人の人権侵害を行い、そのことに法 的に責任を問われるはじめての事例となる。もしユノカルが敗訴すれば、数百万ドルの賠償金を支払わねばならない可能性がある。)アメリカ合衆国政府はミャ ンマーに経済制裁を科し新たな投資を禁止したが、主な理由は、ミャンマー独裁政権によって組織されたビルマ人強制労働をユノカルが利用したことに国内の批 判が高まったからである。

しかし他方でユノカルは、トルクメニスタン北部からアフガニスタンを経由しアラビア海に面するパキスタンの港へと通ずる石油パイプラインを敷設しよ うというコンソーシアムの第一の開発業者でありつづけている。この石油パイプラインは、直径105cm、延長1700kmの計画であり、ユノカルのスポー クスマンはアメリカ議会で、巨大な(そして環境的には危険きわまりない)トランス・アラスカ・パイプラインに匹敵するものだと自慢げに吹聴している。ユノ カルの──そしてコンソーシアムに加わる日本の──重役たちはこの25億ドルの計画について、トルクメニスタンの石油を海まで運ぶ最も安価で、最も容易な 方法であると考えている。港から、日本と韓国へ、またおそらくは中国へと向かうスーパータンカーへと積み込むことができるからだ。

石油と天然ガスはアフガニスタンではじまる戦争の直接の原因ではないが、アフガニスタンに対するアメリカの長期的政策のねらいを理解することは重要 である。炭化水素にかかわる利害の追求は、この地域でのアメリカの政策に半世紀以上一貫した不変の要素である。アメリカは冷戦時代にソ連と戦うムジャヒ ディーンの抵抗運動をつくりだしたが、国については関心を失い、かつての依頼人たちがアフガニスタンを壊滅させるままにしてしまった。そしてアメリカは、 石油と天然ガスの採掘と輸送に必要な安定性を求め、タリバンに手をだし、もてあそんでいたのだ。自らのムジャヒディーンへの支援がつくりだした竜巻が、テ ロリストの脅威としてアメリカ本土に逆流するまで。

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